両立支援コラム

人事の仕組みとリーダーシップ

公開日:2023.05.23

コラム1でも触れたように万が一、治療と仕事の両立が必要になった際には、その第一歩として従業員の側から組織や管理者に対して治療と仕事を両立するための配慮を求める行動(援助要請行動)をとることが重要です。しかし、実際に組織から支援を得られるかどうか不透明な状況の中で、多くの従業員が治療と仕事を両立するための配慮を求めることをあきらめてしまっていると考えられます。

このコラムでは、部下の援助要請をしてみようという意図を高める上司のリーダーシップスタイルとして、「インクルーシブ・リーダーシップ」という考え方に注目し、紹介していきます。インクルーシブ・リーダーシップとは、多様な従業員のインクルージョンを高める管理者のありように注目した考え方である。初期の代表的研究として、Nembhard& Edmondson (2006)によるLeader inclusiveness があげられ「他者の貢献を歓迎し、評価していることを示すリーダーやリーダーの言動(p.947)」と定義されます。リーダーはこのような振る舞いを通じて、もしそうしなければ他の人の声や視点が入らないような議論や決定に、他の人を巻き込むことを可能にする点に特徴があります。そして、これまで上司がインクルーシブ・リーダーシップを発揮することで職場に心理的安全性が醸成され、その結果従業員が創造的な課題に取り組んだり、革新的な職務行動をとったりするようになることが明らかにされてきました(詳しいレビューについてはMorinaga, Sato, Hayashi % Shimanuki, 2022を参照のこと)。

さらに筆者たちの研究チームが取り組んだ調査では、同様の影響関係が部下の援助要請にもみられることがわかりました(松下・麓・森永, 2022)。すなわち上司がインクルーシブ・リーダーシップをとることで、職場に対する心理的安全性が高まり、何か困ったことがあった場合には援助要請をしてみようという意図が高まることがわかったのです。なお我々の調査で扱っている援助要請は治療と仕事の両立に対する配慮ではなく、職場における一般的な困りごとにおける感情的側面に関する援助であるため、結果の過度な一般化には慎重である必要があります。

では管理者がインクルーシブ・リーダーシップを発揮したいと考えた時に、実際にどのような行動をとるとよいのでしょうか。Carmeli et al., (2010) ではインクルーシブ・リーダーシップを以下の3次元で測定しています。第1に、コミュニケーションにおいて他者の意見や新しいアイディアに開放的であることです。部下が提案してきたときに、そのアイディアを即座に否定するようではいけません。第2に、「力になる」行動をとってくれることです。悩みを聞いてくれたり、質問に答えたりすることで、「あの人なら何か力になってくれそうだ」と思わせる行動をとることが重要です。第3に、相談しやすい状況を作っていることです。問題が生じた時に相談に来ることを奨励し、実際にすぐにスケジュールを確保できるようにしておかなければなりません。相談に来た部下に「これくらいの問題で時間をとらすな」と言ってしまっては気軽なやり取りができなくなってしまいます。まずはこれら3つのポイントを意識してみてはいかがでしょうか(森永雄太)。

参考文献

  • Carmeli, A., Reiter-Palmon, R., & Ziv, E. (2010). Inclusive leadership and employee involvement in creative tasks in the workplace: The mediating role of psychological safety. Creativity Research Journal, 22(3), 250-260.
  • 松下将章・麓仁美・森永雄太 (2022). インクルーシブ・リーダーシップが上司に対する援助要請意図に与える影響のメカニズム―職場の心理的安全性と仕事の要求度を含む調整媒介効果の検討 日本労働研究雑誌、745、82-94.
  • Morinaga, Y., Sato, Y., Hayashi, S., & Shimanuki, T. (2022). Inclusive leadership and knowledge sharing in Japanese workplaces: the role of diversity in the biological sex of workplace personnel. Personnel Review, (ahead-of-print).
  • Nembhard, I. M., & Edmondson, A. C. (2006). Making it safe: The effects of leader inclusiveness and professional status on psychological safety and improvement efforts in health care teams. Journal of Organizational Behavior: 27(7), 941-966.